IT起業家たちが取り組む介護/水産/農業/酪農 ── カギはセンサーとクラウドの連携 [PR]
介護、水産、農業、酪農──これらの分野にITを投入し、変革を起こそうとするベンチャー企業が登場しています。2015年3月15日に産業技術大学院大学(AIIT)が渋谷ヒカリエにて開催した第1回「AIIT起業塾」では各分野の起業家たちが登壇し、議論を繰り広げました。
介護業界では超高齢化に伴う介護人材不足の懸念が高まっています。水産、農業、酪農といった第一次産業では、経済環境の変化を乗り切るために今までになかった取り組みが必要との意識が若い世代の間で高まりつつあります。
これらの分野で、ITに何ができるのか。例えば、センサーデバイスによりデータを自動収集してクラウドに蓄積し、モバイルアプリで現場でのデータ活用を進め、さらに経営指標分析に結びつける──介護や第一次産業でも、このようなやり方によりITは大きな武器になることを、複数の登壇者が証言しました。(執筆:星 暁雄=ITジャーナリスト)
需要拡大は確実だが、まだまだIT活用が進まない介護分野
ビーブリッド(東京都台東区)の竹下康平氏は、「介護×IT」について語りました。10年後の日本は、3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という超高齢化社会を迎えます。これは、テクノロジーの普及予測などとは違って人口ピラミッドから導かれる「ほぼ間違いなく来る」未来です。
同社では、介護・福祉業界のヘルプデスクサービスである「ほむさぽ」を運営し、ITだけでなく営繕(リフォーム等)ほか、多種のサービスを提供しています。
竹下氏は、介護分野でITにできることは多いはず、と語ります。厚生労働省の資料にも、「医療・介護関係者の情報共有ツール」「介護ロボット」「見守り体制」といった言葉が登場しており、ITの活用が介護分野で不可欠との認識が示されています。
ただし、介護の質を向上させるためのITは、「まだない」のが現状です。竹下氏は、介護を受けているお年寄りのバイタル情報や、ケアを提供する介護職員の活動などをセンサーで収集し分析する上でITの可能性は大きいと示唆しました。例えば、最近話題になった「おなかに貼るだけで排泄を予知するウェアラブルデバイス」は介護業界でも大きな話題になっているそうです。介護の現場では排泄に関わる世話が大きな比重を占めているので、それを事前に予測できるセンサーは重要になるのです。
センサー付きブイで、養殖カキの全滅を防ぐ
アンデックス(宮城県仙台市)代表取締役、三嶋順氏は、宮城県の松島湾のカキ養殖に役立つデータを独自に収集する取り組みを進めています。カキ養殖は海水の温度(水温)に大きく左右されます。特に成育中のカキは水温30度以上で死滅するおそれがあり、養殖現場の水温データは重要です。カキ養殖に携わる漁師は、1日3回海に出て水温を測る場合もあるといい、水温データ監視は大きな負担になっていました。
同社では、公立はこだて未来大学の和田雅昭教授の協力を得て、定置ブイに対し海面と水深1.5mのそれぞれの水温を測るセンサーを取り付け、携帯電話ネットワークによりデータを送信する仕掛け「ユビキタスブイ」を開発しました。このユビキタスブイは、同社の社員、和田教授、それに漁師の方々が協力して、カキ養殖の現場に設置し、海水温を常時測り続けています。
こうした活動では、自然界に立ち向かう現場ならではの試行錯誤もついて回ります。同社ではカキの養分となる植物プランクトンの量を示すクロロフィル濃度もセンサーで測定していますが、設置当初は異常値ばかり検出される問題がありました。センサーを調べたところ、藻がびっしりこびりついて測定結果に影響していたことが分かり、その対策を検討しました。藻が付かないようにする方法として、(1)船底塗料を塗布する、(2)マニキュアを塗る、(3)銅線を巻き付ける、の3種類の方法を実験し、船底塗料が最も効果が高かったことを検証しました。
収集した海水温やクロロフィル濃度は、スマートフォンアプリで手軽に閲覧できるようにしています。経験のある漁師が「湾内の方が、湾外より水温が高い」と考えていたのに対し、センサーで取得した実測値によれば「湾外の潮の流れがある場所の水温が高い」ことが分かり、漁師にとっても新たな発見となりました。今後は、漁船の活動を自動的にデータ化して蓄積する試みにも取り組む予定です。
蓄積したデータは、スマートフォンアプリで手軽に活用できるようにしています。「漁師の皆さんはスマートフォンが好きなんですよ」と三嶋氏は言います。漁師にとって「これがないと仕事にならない」アプリケーションに仕上げていくことが目標です。
農家経営をITで「見える化」する
アイティコワーク(青森県八戸市)取締役の岡本信也氏は、上京してITエンジニアとして働いていましたが、2011年3月11日の大震災を転機に、翌年の2012年に故郷、青森で起業しました。そこで「農業を支えるIT」に取り組んでいます。
同社が紹介した取り組みの一つは、タブレットを活用した「産直専用POSレジ」です。農家が、野菜など農作物を「駅の家」の産直コーナーで販売するなどの用途に向け、値札のラベル印刷から売上げ集計までの業務に対応しています。特に、今まで手作業で農家別の売上げ集計をしていたために大きな手間がかかっていたのですが、これを自動化し、省力化に役立てることを狙っています。
この産直専用POSレジを導入したところ、意図しなかった成果が現れました。導入後は売上げのデータが毎日自動的にメールで届くようになりました。届いたデータを見た農家が、店全体の売上げに対して自分のところの農作物の売上げが低かった場合、「なぜ売れなかったんだろう」と考えて改善を試みる──このようなPDCAサイクルの意識が芽生えつつあるそうです。
このほか、農作業の現場の写真と、現場の気温などのデータを同時に閲覧できるスマートフォンアプリなどを開発しています。農家にもITは役に立つ、これが岡本氏の信念です。
Facebook風のUIで牧場を管理するFarmnote
ファームノート(北海道帯広市)代表取締役の小林晋也氏は、酪農の現状と、牛群管理ソフトFarmnoteのビジネスモデルについて講演しました。
「乳牛生産量は世界的には右肩上がりで伸びているが、日本だけは減っている。危機的状況だ」と小林氏は語ります。酪農の競争力を増すための一つの方法がITのフル活用です。
FarmnoteはFacebook風のUIを備えていて、「牛のソーシャルネットワーク」を目指しているそうです。タイムラインに相当するものとして、牧場全体で起こっていることを一望できる「ストーリー」を提供します。例えば、体調を崩した牛の個体に獣医がどのような処置をしたか、今後の投薬予定はどうなっているか、そうした情報が一覧できます。PCとスマートフォンで同等の機能を実現し、スマートフォン画面から乳牛の人工授精の時期を管理するなどが可能です。従来、紙のノートなどで管理していた情報を、PCやスマートフォン、タブレットなどで即座に共有できるようになります。また、例えば蹄を痛めた牛の患部の写真をアップして、獣医がコメントする、といったソーシャルネットワーク的な情報共有にも使えます。
同社は今後、家畜管理デバイスの提供を目指しています。センサーにより牛の行動を自動的に把握し、データを蓄積し、グローバル展開など次のビジネスにつなげていく考えです。「クラウドAIとロボットが連携して、非常に安価な食料生産ができるかもしれない」と大きなビジョンを語ります。
データの重要性、起業環境の厳しさを語るパネルディスカッション
講演者が登壇したパネルディスカッションでは、高齢化、規制緩和など様々な話題が出ました。その中でも印象的だったのは、データの重要性への認識です。
「介護×IT」に取り組むビーブリッドの竹下氏は、介護の質を高め、省力化を進める上で、センサーやクラウドが大きな役割を果たすだろうと語りました。例えば、お年寄りの行動がセンサーで把握でき、ある程度予測できるようになれば、介護の質を高めることに結びつけることが可能です。前述の「おなかに貼るだけで排泄を予知するウェアラブルデバイス」も、介護の現場では大きく役に立つ可能性があります。
「水産×IT」に取り組むアンデックスの三嶋氏は、「とにかくデータは重要。それは間違いない」と強調しました。同社は独自に海水温データの収集を続けていますが、それに加えて水産試験場のデータを公開してもらい、結びつけることを考えています。「データがあるだけでは活用されない。データを活用するソリューションを組み合わせることが重要」だと三嶋氏は考えています。
「農業×IT」に取り組むアイティコワークの岡本氏は、土壌の状態をセンサーで取得するニーズについて語りました。農家は追肥をするか否かの判断のため、農協の施設に土を持ち込んで検査をするのですが、「お金もかかれば時間も1〜2週間はかかる。詳細なデータでなくても、土壌のpH(土壌酸度)とEC(電気伝導度)が分かれば、あとはカンで追肥するかどうかの判断ができる。それをもっと簡単に計測できないかと聞かれている」ということです。
「酪農×IT」に取り組むファームノートの小林氏は、厳しい競争環境の中では「突き抜けないと価値が生み出せない」と強調します。牧場管理のソフトウェアは先行する製品がすでにあり、同社はFarmnoteの競争力を高めるため、頻繁に牧場にヒアリングを繰り返し、サービスのレスポンスにもこだわっているということです。
各社とも、決して取り組みが楽ではないことも強調していました。地域社会を含めた人間関係の構築にも気を配り、厳しい自然環境にも向き合う必要があります。そうした苦労はあるものの、現実世界の課題をITで解決できる余地はまだまだ残されていることが伝わってきました。
今回のイベントは、介護、水産、農業、酪農と人々にとって必要不可欠な仕事の質がITにより向上し、生産性が高まる可能性を見せてくれました。
AIIT起業塾はオープンで現場のリアルな話とディスカッションを重視
この「AIIT起業塾」は、広く一般の方々が参加できるオープンな勉強会です。
内容として、一般論ではなく実際の現場を知っている人に登壇していただき、リアルな話を語ってもらいつつ来場者とのディスカッションを重視しています。Twitterのハッシュタグ「#aiit_startup」でも随時質問や要望を受け付けるようにしています。今後も同様の勉強会を企画して参りますので、ご期待ください。
また、この「AIIT起業塾」は、文部科学省の「高度人材養成のための社会人学び直し大学院プログラム」に採択された産業技術大学院大学「次世代成長産業分野での事業開発・事業改革のための高度人材養成プログラム」の一環として開催されました。
さらに、本プログラムに関連して、産業技術大学院大学では2015年度から新しく事業アーキテクトコースを開設します。
≫次世代成長産業分野での事業開発・事業改革のための高度人材養成プログラム
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産業技術大学について
(本記事は産業技術大学院大学の提供によるタイアップ記事です)
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