HashiCorpの成功は、コミュニティのおかげでエンタープライズ市場へ浸透できているからだ。HashiCorp CEOデイブ・マクジャネット氏インタビュー

2018年4月9日

多くのスタートアップがある程度の成長を見込めるようになると、その成長を加速するために豊富なビジネス経験を持つ人材をCEOとして迎え入れようと考えます。

例えば、マーク・アンドリーセン氏が立ち上げたネットスケープ・コミュニケーションズはジム・クラーク氏を、ラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏によって立ち上げられたGoogleはエリック・シュミット氏をCEOとして迎え入れたことで、大きな飛躍を遂げました。

ミッチェル・ハシモト(Mitchell Hashimoto)氏とアーモン・ダドガー(Armon Dadgar)氏によって設立されたHashiCorpもまた、VagrantやTerraformなどオープンソースソフトウェアを基盤とした成功をビジネスとしての成長に結び付けるため、2016年にデイブ・マクジャネット(Dave McJannet)氏をCEOに迎えています。

マクジャネット氏はマイクロソフト、SpringSource、VMware、Hortonworksなど技術志向の企業でマーケティングを担当してきた人物。そしてマクジャネットCEOの下、HashiCorpは過去18カ月で従業員数が約3倍になり現在220人の従業員を抱え、さらに半年後には300人になる見通しで急拡大しています。

今回初めてHashiCorpのCEOとして来日したマクジャネット氏に、HashiCorpの成功のカギについて、そして日本におけるHashiCorpのビジネス展開などについて聞きました。

HashiCorp デイブ・マクジャネットCEO

なぜHashiCorpのCEOに?

──── HashiCorpの戦略についてうかがう前に、まずマクジャネットさんについて教えてください。なぜHashiCorpのCEOになったのでしょうか?

マクジャネット氏 私が過去にいた3社は、大きな市場の変革の中にいたという点で非常に似通っていました。例えばデータウェアハウス市場は大きな変革が起きており、そこにHadoopを扱っていたHortonworksは大きなチャンスを見出していました。

SpringSourceでは、Webアプリケーションサーバの市場がWebLogicやWebSphereなどからSpring+Tomcatへと変化している市場を経験しました。

HashiCorpも、オンプレミスからクラウドへ、静的なインフラから動的なインフラへという大きな変革の中にいます。しかもこれは私の人生で経験した中でも最大の変化です。

こうした変化の中で、運用担当者、セキュリティ担当者、開発担当者、ネットワーク担当者といった4つのタイプの人たちは、それぞれ自分の仕事のやり方を再考しなくてはなりません。

HashiCorpのソフトウェアは、そうした彼らの抱えるテクニカルな問題を解決するのものです。つまり世界が大きく変わることを支援しているのです。そこに大きな魅力を感じ、CEOとして協力することにしました。

──── マクジャネットさんがCEOになるのは今回が初めてですね。HashiCorpのCEOとして、日々どのような仕事をしているのでしょうか?

マクジャネット氏 会社としての組織をまとめ、チームを構築し、会社が次のフェーズに育っていくのを支えています。

採用している人を見ても、この会社が大きく育っていくのが分かるでしょう。例えば、エンジニアリングのVPは元VMwareで、その後Yahoo!で世界最大級のスケールを持つクラウドインフラを手がけていました。マーケティングのトップは以前(監視サービスの)New Relicにいた人材です。

こうした人たちは皆、大規模なインフラ会社を作るというのがどういうことか分かっていますし、顧客を成功に導くことがどういうことかも分かっています。

HashiCorpを経営するうえでの課題とは?

──── HashiCorpを経営し、成長させるにあたってどのような課題があると考えていますか?

マクジャネット氏 大企業のシステム構築のあり方が変わってきています。ユーザーは自分で製品を選ぶようになり、そのうえで私たちのところにやって来ます。

この会社を運営するのは不思議で、というのも(私たちが営業しに行かなくても)ユーザーが私たちの製品を見つけてくれるのです。だから私たちの課題は、ユーザーをサポートするためにいかに早く自分たちに投資をしていくかにあります。そこがほかの会社とHashiCorpが大きく異なるところでもあります。

──── オープンソースを基盤とした製品戦略をどう考えていますか?

マクジャネット氏 フォーカスしている製品は4つです。ちょっと絵を描きましょう。

世界はオンプレミスから分散インフラストラクチャへと移行しているところです。AmazonやAzureなど。これがオンプレミスかな。これまで静的なインフラが動的になっていきます。

この変化により、ITに携わる4つの役割の人々、運用担当者、セキュリティ担当者、開発者、ネットワーク担当者の使うツールが、これまでと変わってきます。

マクジャネット氏が描いたメモ

そこでわれわれは、各担当者の課題を解決する製品をオープンソースで作りました。運用担当者向けのTerraform、セキュリティ担当者向けのVault、Nomadは、アプリケーションのスケジューリングツール。そしてConsulはすべての共通バックボーンです。

これらはすべてオープンソースで入手可能です。そしてGlobal 2000企業に行くと、どの企業もHashiCorpの製品を使っています、オープンソースなので、それが2200万というダウンロード数につながっているのです。

HashiCorpはソフトウェアベンダーに徹する

マクジャネット氏 私にとってHashiCorpは3社目のオープンソース企業です。そこで学習したことをHasihCorpでも活かしています。

個人が課題を解決する際は、HashiCorpのオープンソース版ソフトウェアで解決できるでしょう。Terraformを使って100万のAzure上のインスタンスをプロビジョニングしたい場合も、オープンソースでプロビジョニングできます。

ただし、チームになった場合の課題は異なるものになります。複数人数でインフラストラクチャをプロビジョニングするのにTerraformを使う場合、コラボレーションで課題が生じるでしょう。

GitからGitHubに行くことを考えていただければ、GitHubは実際には人とGitユーザーを組織化(Orchestrate)するアプリだと言えるでしょう。

同じようにTerraform Enterpriseも、Terraformオープンソースのユーザーを組織化するアプリなのです。

私たちの顧客は世界的な大企業で、多くは規制された業界にいます。こうした企業はガバナンスや監査、ポリシー設定といった課題を抱えています。私たちは4つの製品のいずれにも、こうした商用版を用意しているのです。

──── パートナーやエコシステムについてはどう考えていますか?

マクジャネット氏 われわれはソフトウェアベンダーに徹しようと考えています。

──── それは御社自身では付加価値となるようなサービスを提供しないという意味ですか?

マクジャネット氏 その通りです。サービスは提供しません。弊社にもアーキテクチャのアドバイスをする人間は数人いますが、その程度です。

私たちを取り巻くサービスパートナーとしてのエコシステムは巨大で、パートナーが顧客のところにいってオンプレミスからクラウドに移行する支援をしています。私たちの製品はその移行を実現させる部品のひとつなのです。

もしも顧客が私たちに支援を求めてきたら、製品を導入するにはたくさんのパートナーがいるので選んでくださいと伝えます。これが正しい方法だと思っています。

この市場は非常に速いスピードで変化しているので、私たちだけでそうした速度に対応しつつ顧客の求めるサービスを構築するのは難しいでしょう。だからパートナーと協力して市場を構築していかなくてはなりません。

とはいえ、一番大きなパートナーはクラウドプロバイダーそのものです。AWSやAzure、Googleもそうですし、OracleやIBMもわれわれの製品のヘビーユーザーです。

彼らの目的は、Global 2000企業がクラウドを簡単に導入できるようにすること。Global 2000企業のほとんどは、クラウドの導入にあたってHashiCorpの製品を利用しているので、私たちにとっても大きなパートナーシップとなっています。

例えば、TerraformはAmazon、Azure、Googleで幅広く使われていて、Terraformに対するコミットメントについても公表しています。Terraform専任のフルタイム担当者も雇っています。

これからの日本でのビジネス展開について

──── これからの日本でのビジネス展開について教えてください。

マクジャネット氏 実はお客様から日本で受ける質問とニューヨークで受ける質問は同じです。つまりお客様が抱えている課題は世界中どこでも誰にとっても同じだと考えています。

ですから、米国でも日本でも同じようなビジネス展開を考えています。

日本でもわれわれの製品を使っている大企業などがクラウドへの変革をうまくやり遂げてもらえるように支援をします。日本でも多くの企業が私たちの商用製品のパートナーになる興味を持ってくれ、そうした企業も増加しています。

そのため、約1年前にHashiCorpの日本法人を立ち上げました。現在7人のスタッフがいます。

──── 日本もそうですが、エンジニアコミュニティにはHashiCorpのファンが多いようですね。

マクジャネット氏 その通りです。世界の50ほどの都市でHashiCorpのソフトウェアに関するミートアップグループが存在するのではないでしょうか。もちろん東京にもありますね。

これがわれわれの戦略にもつながっています。ユーザーこそ最も大切だという戦略にね。

10年前、ソフトウェアベンダーは企業の意志決定者に向けて製品を作り、ユーザーはそこで決定されたことに強制されて製品を使っていました。しかし今はそんなやり方は通用しません。

現場のエンジニアが製品を選んでいる

──── たしかに製品を選ぶにあたって、コミュニティの存在は重要になってきています。

マクジャネット氏 本当に重要です。アナリストのStephen O'Gradyが約5年前、「New Kingmakers」という本を出版しました。

日本で知られてるかどうかは分かりませんが、彼はRedMonkという会社のアナリストで、彼の主張は現場の人こそ王様であり、これを本当に信じている会社が次の世代で最も成功するということです。

私たちはまさにその実例で、アーモンとミッチェルが作ったHashiCorpのソフトウェアが現場の人に人気があることこそ、私たちが戦略的パートナーとともに世界でも有数の大企業を支援できている理由なのです。

──── 日本ではそのコミュニティを中心に、HashiCorpがオープンソースベースの企業として認識されています。一方、昨年ミッチェル・ハシモト氏にインタビューした際には、ビジネスとしてエンタープライズ市場に注力していることに驚かされました。

マクジャネット氏 エンタープライズ市場にHashiCorpのソフトウェアが浸透したのもコミュニティのおかげです。

Google Cloudのエバンジェリスト、Kelsey Hightowerが数カ月前Twitterで「上司に技術を選ばせるのは、学校に着ていく服の選択を親に任せているようなものだ」と言っていました。

つまり、製品を使っている人が自分で選ばなくちゃいけないということです。

その考えは私たちのアプローチと同じです。巨大なコミュニティを構成するメンバーそれぞれは企業の従業員であり、彼らが使い心地のいいHashiCorpのソフトウェアを使いたいと思ってくれている。だから彼らは企業内で提唱者となってくれているのです。

日本でも世界でも共通するのは、大企業の中で製品導入に一番積極的なのは若手社員なのです。この製品を使うべきだ、これこそ課題を解決してくれると。そしてマネージャー説得するのです。

これこそ私たちの強みです。だから私たちにとってユーザーがすべてで、その考えを貫く限り、私たちのコミュニティも今の状態を維持できるだろうと考えています。

コミュニティの規模が大きいことで私たちも大きな恩恵を受けていて、そういうユーザーがいるからこそエンタープライズビジネスがうまくいっていると考えています。

──── ありがとうございました。

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Junichi Niino(jniino)
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