なぜアジアの巨大データセンターは、日本ではなくシンガポールや上海に作られるのか?

2009年11月19日

先週、Amazonクラウドのデータセンターがアジアに設置されることが発表されました。いままでAmazon EC2などを利用するには太平洋を越えて通信を行わなければならなかったため、長距離通信で発生する遅延を気にしなければなりませんでしたが、その解消が期待されています。

しかしアジアにおけるデータセンターの設置場所は日本ではなくシンガポールでした。また、昨日マイクロソフトはWindows Azureのデータセンターを2カ所、アジアに設置すると発表しています。そしてその設置場所はやはり日本ではなく、シンガポールと上海でした。

fig マイクロソフトのアジア向けデータセンターはシンガポールと上海に。「([速報]マイクロソフトのPDC09開幕、Windows Azureを仮想ドライブに、クラウドで仮想マシンも実行可能 」から転載

なぜアジアのデータセンターは日本に設置されないのでしょうか?

シンガポールはデータセンターへの支援政策を実施

「クラウド・ビジネス」入門 ~ 世界を変える情報革命」の著者であり、ツイッターで特定分野の情報を集約している「OneTopi」ではクラウドのキュレーターを務める林雅之氏は、自身のブログ「『ビジネス2.0』の視点」にポストしたエントリ「日本のデータセンターの国際競争力(1) ~外資系のアジア進出」で、アマゾンなどがシンガポールにデータセンターを作るだけではなく、国内企業であるソニーまでもが日本のデータセンターを閉鎖し、シンガポールに集約するという動きについても触れ、次のように書いています。

日本のデータセンターの国際競争力(1) ~外資系のアジア進出:『ビジネス2.0』の視点:ITmedia オルタナティブ・ブログ

クラウドコンピューティングのアジアのハブは、シンガポールになっており、さらに、日本企業の海外脱出の動きが顕著になれば、日本の情報の空洞化に拍車がかかることになるかもしれません。

その林氏は現在ブログでこのデータセンターの設置をテーマに連載を書いています。「日本のデータセンターの国際競争力(2) ~海外(主にシンガポール)政府のクラウド政策」では、シンガポールがなぜデータセンターの拠点に選ばれるのか、その理由が政府の支援にあると指摘しています。

林氏が引用している「デジタルガバメント」の記事「シンガポール政府のクラウドコンピューティング利用促進に係る取組み」から。

この政策では、シンガポール政府が国内を拠点としたグリッドサービスプロバイダ(オンデマンドやPay-per-use(従量課金ベース)でのサービス提供者)を公募してその事業立ち上げを支援するとともに、事業開始後は約4割のICT資源をシンガポール政府・公的機関がアウトソーシングで利用して事業の育成を行っている。

この支援を受けてさまざまな企業がシンガポールにデータセンターを設置しているとのこと。

また、林氏はEUのデータ保護指令についても触れ、これがEU域内でのデータセンターの設置につながっているとも指摘しています。

EUでは、1998年10月に「データ保護指令」を施行し、第三国へのデータ移行については、十分なレベルの保護がなされていない限り禁止しています。

記事「日本のデータセンターの国際競争力(3)~日本の政策(総務省編)」では、総務省が、

日本が世界のクラウド事業者と対抗するためには、国内ではなく、日本国クラウドとして一丸となって対抗すべきである。

と書いた資料を紹介。同省では日本のクラウド政策における全体のビジョンを検討をしており、12月中旬に中間とりまとめ案が出てくる予定だとのことです。

林氏はさらにブログで経済産業省の政策などについても紹介しています。

国内にデータセンターを作っても世界的なクラウドの部品となるだけ

このように専門家や省庁が日本国内のデータセンター設置について議論する一方で、国内のデータセンター設置は重要ではないとする専門家もいます。国立情報学研究所 アーキテクチャ科学研究系 教授の佐藤一郎氏は、以前ツイッターでこのように発言されていました(つぶやき1つぶやき2)。

fig

Publickeyでも、グーグルによる世界的なデータセンター連係の技術について伝えてきましたので、佐藤氏の「日本にデータセンターを作っても世界規模のクラウドインフラの部品として使われるだけ」であり、限られた予算ならばデータセンターよりもサービスにフォーカスするべきではないか、という意見には「国内にクラウド用データセンターが設置されなければ空洞化を生じる」という意見よりも説得力を感じます。

もちろん政府機関の情報や個人情報など重要な情報はあるでしょうから、全く必要ないとは思いません。しかし、例えばシンガポールとアジアのリーダーの座を争うほどの予算をつぎ込むような政策にするべきかどうかは慎重な議論が必要ではないかと思います。

また過去に政府が支援をしてきた巨大ITプロジェクト、例えば第五世代コンピュータ、Σプロジェクト、最近では2006年に打ち出された情報大航海プロジェクト・コンソーシアムによる国産検索エンジンなど、どれも大した成果を出せずに終わっています。このことも、政府の支援策によってデータセンターを国内に作ろうとすることへの違和感を感じる理由かもしれません。

いずれにせよ、クラウドは今後のIT産業を左右する大きなトレンドであることは間違いありません。これをうまく活用できるかどうかはIT産業のみならず、国内産業全体に影響することになります。どのような施策が国内産業の振興にとって適切であるのか、あるいは市場に任せるべきなのか、今後もさまざまな議論をフォローしていきたいと思います。

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Junichi Niino(jniino)
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