「リーンスタートアップ」著者エリック・リース氏が来日講演。“スタートアップとはマネジメントのことだ”

2012年4月9日

スタートアップのマネジメント手法として大きな脚光を浴びている「リーンスタートアップ」の提唱者、エリック・リース(Eric Ries)氏が来日。アマゾンデータサービスジャパン主催のイベント「アマゾン リーンクラウド エボリューションセミナー」で講演を行いました。

リーンスタートアップの「リーン」とは、トヨタ自動車が生み出した「トヨタ生産方式」(TPS:Toyota Production System)をほかの分野や企業でも適用できるように再体系化、一般化した「リーン生産方式」のことで、徹底的にムダを排除する生産方式です。

リーンはここ数年、ソフトウェアのアジャイル開発方法論と結びついてソフトウェア業界で注目を浴びてきました。そこに「リーンスタートアップ」が登場してスタートアップの経営とも結びついたことで、特に西海岸を中心に大きなムーブメントとなったようです。

日本でもリーンスタートアップは大きな注目を集め始めていて、400名の講演会場は満席となりました。ここでは、リース氏が行った講演の模様をダイジェストで紹介します。

アントレプレナーとは不確実な状況で働く人たち

エリック・リース氏。こうして日本で話すことになるなんて、思ってもみませんでした。そしてこの本が翻訳されるのもはじめてです。ありがとうございます。

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アントレプレナーはシリコンバレーだけでなく、世界中にいます。

アントレプレナーシップとはマネジメントです。構築、計測、学習のフィードバックループの中で学んでいくことです。そしてマネジメントでは会計の話もしなければなりません。つまらない話で申し訳ありませんが、でもスタートアップが成功するかしないかは、ここが大事なのです。

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アントレプレナーとはどういう人でしょう? ガレージから起業した人たちや、いろんなオフィスで働いている人たちがいます。

しかし、極端に不確実な状況の中で新しいサービスや製品のために働いている人たちがアントレプレナーです。会社の規模や分野には関係ありません。

そしてスタートアップとは実験です。それは単に「何が作れるのか?」ということの実験ではなく、「何が作られるべきなのか」「それが持続可能なのか」という実験です。

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そしてほとんどのスタートアップが失敗します。非常にリスクが高いのがスタートアップです。Web 2.0のブームのときもたくさんの企業が失敗しました。

失敗したのは、目指したものが技術的に難しかったのではなく、人に望まれないものを作ってしまったからです。いまや技術的に作れないものというのはほとんどありません。だからスタートアップとはマネジメントなのです。

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スタートアップの成功はアイデアによるものではない

マネジメントとは、約一世紀前にフレデリック・テイラー氏によって作られた概念です。計画を立てて実行する。そして計画を上回ったら昇進し、大して進捗しなかったらクビになります。

しかし計画を立てて実行するというマネジメントの形は、競争が激化して不確実性の高い21世紀にあったものにしなければなりません。それが「ピボット」です。

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ピボットはいま流行の言葉になっています。

スタートアップの成功と失敗の違いはアイデアが素晴らしいかどうかにある、というのは間違いです。成功したスタートアップでも、もともとはとんでもないアイデアから始まっていることがよくあります。

では何が違うのか? それは、困難に当たったときにそこであきらめるのではなく、地に足を着けてこれまで学んだことを用いて別の方法を試してみる。成功へまっすぐ進むのではなく、ジグザグの経路をたどるということです。

それをできるだけ速く、必要以上の資金調達をせずにやるのです。

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「失敗を達成する」ということがあります。美しく書かれた素晴らしいビジネスプランを実行すれば成功する、のではありません。

誰も欲しがらないものを計画通りに高いクオリティで作って、何の意味があるのでしょう? 失敗の達成とは、間違った計画をその通りに達成してしまった、ということです。

失敗から学ぶサイクルを速くする

製品を作る上でもっとも重要なものはお客様である、という「リーンレボリューション」は日本のトヨタ生産方式(TPS:Toyota Production System)から生まれました。

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私は2004年にIMVU(インビュー)というサービスを開発しました。オンラインソーシャルメディアのための3Dのアバターです。アジャイル開発で6カ月で開発しました。

しかしソフトウェアを公開しても、誰もそれを使いたがりませんでした。何を開発していたんだろうと、6カ月バケーションをとっていたのと同じだったのかと。

しかしこのソフトウェアを作っていなければ、お客様にとって何が重要かも分かりませんでした。失敗から学ばなければならないのです。

しかしそれを学ぶために6カ月かけなければならなかったのでしょうか? それを半分の期間でできなかったのか? 答えはまさにイエスです。

まず、実用最小限の製品(MVP:Minimum Viable Product)を最小限の努力で作り上げる。スタートアップは実験であるとすれば、その実験をできるだけ速く行って結果を出すことができればよいのです。そうすればもっと簡単に失敗から学ぶことができます。

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サイクルタイムを速くする。これは簡単に聞こえますが実現するのは難しいことです。

確実に言えるのは、途中で測定などしないほうがエンジニアはコードを集中して早く書くことができるし、ほかの人も仕事の効率が上がるでしょう。でもそれは目をつむってアクセルを踏むことと同じです。ただスピードを上げてもしょうがないのです。

企業全体をひとつのフィードバックループとして考え、そこで発見と学習のループを速く回す、ということです。

具体的には、リーンスタートアップでは継続的デプロイ(Continuous Deployment)で、コードができたらすぐに本番環境にデプロイします。

そんなばかな、とエンジニアは反発するかもしれません。誰もが、1カ月に1回、本番環境にデプロイすればいいではないかと。でもできるだけ早く本番でリリースして、そこから早く学ぶことができればシステムもいいものになります。

測定するために実用最小限(MVP)のものを作る

アントレプレナーは、CFOやベンチャーキャピタルに向かって「計画通りに製品を作りお金も使ったが、実績は計画通りでなかった。でもたくさんのことを学んだからもう1年、時間と資金をいただきたい」と言ったところでクビになるでしょう。

しかしCFOやベンチャーキャピタルから見て、だめなスタートアップも、もう少しで成功しそうなスタートアップも、どちらもまだ売り上げは小さく顧客も少数しかいません。

実績を売上金額で計ったところでスタートアップがうまくいっているかどうかは分かりません。そこで財務会計ではなく、革新会計(Innovation Accounting)という手法があります。

アントレプレナーは「将来どれだけ売り上げが上がるか?」をスプレッドシートで投資家に示して投資をしてもらいますが、その根拠は推測だらけです。

そこで、この推測をできるだけ早く確認すること。すなわち測定基準となる実用最小限の製品(MVP:Minimum Viable Product)、例えばシンプルなWebページだけ作って興味のあるユーザーには登録してもらうが、実際に使えるのはまだ先、といったものを作ります。

もしそこで誰も登録してくれなければ、これから作ろうとするものに誰も期待していない、ということになってガッカリするかもしれないけれど、そこがベースラインです。

そうやって自分たちのマイルストーンを祝い、進捗を確認し、ビジネスのエンジンをチューニングして計画を現実に合わせていく。そしてピボットするのか、辛抱するのか、というミーティングを行うのです。

ピボットのためのミーティングをする

多くの企業はピボットの決断がぎりぎりまでできず、お金も尽きかけたときに、もうピボットするしかない、となります。こうした決断は質の高い決断でも合理的でもありません。

私たちの多くは失敗することが分かっているのですから、例えば8週間に一度進捗をチェックし、ピボットするかどうかを決断しようというミーティングを行うことにしたほうがいい。今日から8週間後に、うまくいっているかどうかを確認するためのメトリクスが必要になると分かっていれば、その時間内で学びというものがきちんと得られると思います。

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問題は、「とにかくやってみよう。そしたら何かが分かるだろう」というスタートアップがほとんどで、こうしたメトリックスや進捗確認というものをやっていないということです。

成功しているスタートアップは、内部からさまざまな問いを発しています。

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大事なのはビジョンであり、いかに製品やサービスの成長を早くできるのか。

マネジメントパラダイムを変え、アジャイルで効率性のあるものにすることで、トヨタのように成功することは日本でも、世界でもできると思います。

当日の動画と関連スライド

当日の講演を録画したものを貼っておきます。

昨年5月にサンフランシスコで行われたStartup Lessons Learned Conferenceでのエリック・リース氏の基調講演資料を、同氏の許可を得て平鍋健児氏と関口有紀氏が共訳したスライド。

アマゾン リーンクラウド エボリューションセミナー」では、本記事として紹介したエリック・リース氏の講演のほかに、アマゾンCTO ヴァ-ナー・ボーガス博士の講演、上位入賞者がAWSスタートアップチャレンジに進出できるスタートアップ10社のライトニングトークスが行われました。そのスライドショーを公開します。

書籍「リーン・スタートアップ」の書評も書きましたので、あわせてご覧ください。

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Junichi Niino(jniino)
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