企業向けPCの進化はシンクライアントに向かうか

2009年6月15日

昨年末に、ノートPCのシェアがデスクトップPCを初めて上回るという調査結果が相次いで発表されました。どの調査でも、横ばいが続くデスクトップPC市場に対して、ノートPCは成長し続けており、この傾向は続く、という見方で一致しているようです。

世界のノート・パソコン生産台数,2009年に初めてデスクトップ型を上回る - Tech-On!

ノートPCのシェアが上昇している理由としては、ネットブックPCなどの登場で価格の下落が続いていること、性能や機能の面でデスクトップPCとの差が小さくなってきたこと、などが挙げられてます。

COMPUTERWORLDはこうした状況を受けて、Do business desktop PCs have a future?(デスクトップPCに未来はあるのか?)という記事を掲載し、企業内でのデスクトップPCの存在は風前の灯火なのか? と問うています。

Do business desktop PCs have a future? - COMPUTERWORLD

この記事では、デスクトップPCの用途は経理のような決まった仕事をこなす職種や、プログラマーのようにマシンパワーを必要とする仕事に限定されつつあり、高い生産性を求めて社外でもPCを利用したい多くのビジネスマンにとってノートPCは高い利便性を提供していることが、企業内でノートPCの利用率を押し上げているとのこと。

しかし、デスクトップPCにはノートPCにはないメリットが存在します。

Desktops will also remain a tool for task workers as companies look to secure data and reduce maintenance costs, analysts said.

COMPUTERWORLDの記事が上記で指摘するように、セキュリティとメンテナンス性です。

ノートPCが持つ「机から離れてほかの場所へ持って行ける」という特性は、当然ながら紛失や盗難に会うセキュリティ上のリスクとのトレードオフです。

ソフトウェアのパッチ管理やリモートからのウイルススキャンといったメンテナンス操作も、つねにネットワークに接続されているデスクトップPCの方が企業の情報部門としてはずっと容易です。

しかし、企業内のシステムをより効率的に運用、管理しようとするための進化が、こうした課題を解決してしまうかもしれません。その進化とは、デスクトップ仮想化とSaaSです。

デスクトップ仮想化 → Desktop as a Service

デスクトップ仮想化とは、デスクトップPCで動かしていたいっさいのソフトウェア、Windows OSやその上で動作するアプリケーションをサーバで動かし、画面だけをクライアントとなるデスクトップPCやノートPCに配信します。クライアントのPCでは、配信された画面を見つつキーボードやマウスを操作すると、キーボードやマウスの動きがサーバへ送られてアプリケーションを操作できる、というものです。

古くはシトリックスシステムズがMetaFrameという製品で実現し、またサン・マイクロシステムズはSun Rayという製品で展開。いまではサーバ上の仮想化技術を利用して大量のクライアント環境を実現するというコンセプトで、シトリックス、ヴイエムウェア、マイクロソフトなど主要な仮想化ベンダすべてが取り組む市場になりました。

シトリックスは2月に、マルチメディア再生も可能で、クライアント側のUSBなども認識可能にしたXenDesktopの新バージョンを投入。また、日立はデスクトップ仮想化に適したブレードサーバの新型を5月に発表しています。

ヴイエムウェアも今月に入ってマルチメディア性能と管理機能を強化した製品の出荷を開始。

マイクロソフトはアプリケーションの仮想化としてAPP-Vを、PC上の仮想化にMED-V、サーバの仮想化にHyper-Vというシリーズで展開しています。デスクトップ仮想化については昨年10月の同社のイベントでデモが行われて以来、具体的な展開は見られていないようですが、一方でデスクトップ仮想化に対するネガティブプロモーションを行っている、という記事が掲載されています。

最近では、このデスクトップ仮想化のことを、サーバからサービスとしてデリバリされるデスクトップ環境という意味で「Desktop as a Service」と呼ぶベンダも見かけるようになりました。

SaaSの進化

デスクトップ仮想化とは別に、SaaSを利用することによって、Webブラウザから業務アプリケーションを利用するという流れも強まってきています。

SaaS市場のリーダーは明らかにセールスフォース・ドットコムでしょう。日本郵政グループなどの大規模な導入事例や、最近では富士通がSaaSの主力製品に選択するなど、その勢いは続いています。

日本では経済産業省が国策としてSaaSの振興の旗を振っており、OBC、ネオジャパン、ウイングアーク、TKCなどが名乗りをあげています(ただしJ-SaaSに参加していても実態はSaaSではないケースがあるようです)。

業務ソフトウェアだけではなく、オフィスソフトにも動きがあります。来年登場するOffice 2010からは、Webブラウザから利用可能なブラウザ版Officeが登場します。

また、グーグルのGoogle DocsもMicrosoft Officeのリプレースに向けて劇的に進化すると担当者が宣言しています。

数年後には、一般的なオフィスソフトを使う業務はWebブラウザからできるようになり、わざわざPCにオフィスソフトをインストールする必要はなくなるのかもしれません。

いずれ汎用のシンクライアントPC規格が登場するか?

デスクトップ仮想化とSaaSを比較してみると、デスクトップ仮想化では、いままでのPCと同じように、PCにインストールするソフトウェアを自由に選べ、またアプリケーションはサーバ側で実行されるためクライアントPCの性能に縛られないという大きな特徴があります。ただし、基本的には仮想化したデスクトップを運用するためのサーバを企業が運用するという手間とコストを負担する必要があります。

一方でSaaSはベンダが運用するサービスからソフトウェアを選ぶことになるため自由度は限定的です。しかし、企業にとってサーバ運用の手間が不要で導入が容易という利点があります。

この2つはどちらかを選ぶということではなく、企業の目的や環境に応じて組み合わせて利用されていくことになるのでしょう。

これらのハードウェア、ソフトウェアの流れを総合して考えれば、たとえノートPCであってもデスクトップの仮想化やSaaSをうまく利用することで、管理は集中してできるようになり、また重要なデータはサーバに保存されるため盗難や紛失によるデータ漏洩の心配もなくなって、企業にとって安全なPC環境を作ることができるようになっていくことでしょう。

今後さらに企業内でのノートPCのシェアは高まっていきそうです。

そしてデスクトップ仮想化やSaaS環境が一般的になってくると、いままでは特殊仕様とみなされていた大きなストレージや高速なCPUを持たないシンクライアントPCが、汎用の企業向けPCとして位置づけられ、市場が立ち上がってくるかもしれません。どこかのハードウェアベンダから共通規格の提唱、あるいは何らかのデファクトスタンダードのようなものが登場すれば企業も安心して調達できるようになり、また低コスト化がさらに進むはずです。

例えば、いまのネットブックをベースに、シンクライアント用の機能限定OSを乗せる代わりに液晶画面を大きくして小容量のSSDを搭載したら、コストも安く、それに近いものができるように思えますが、どうでしょうか。

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