エンタープライズのためのUX。A List Apart

2014年12月1日

ユーザーインターフェイスを含めたユーザー体験、いわゆるUXを優れたものにすることがコンシューマ向けのWebアプリケーションやモバイルアプリケーションで非常に重視されるようになっています。

そしてこのトレンドはコンシューマ向けだけでなく、エンタープライズ向けのアプリケーションにも押し寄せています。社員は個人でGmailやEvernoteなど先進的なUXを備えたアプリケーションを使っているのです。仕事で使うアプリケーションにも同じように優れたUXを要求し始めるのは自然なことでしょう。

ではエンタープライズ向けアプリケーションのUXに、デザイナーはどのように取り組めばいいのでしょうか。米国のWebサイト「「A List Apart](http://alistapart.com/)」に投稿された記事「UX for the Enterprise」で、エンタープライズUXに取り組むデザイナーの経験談と教訓が語られています。本記事はその翻訳を紹介しましょう(A List Apartの翻訳は許可されています)。

エンタープライズのためのUX(UX for the Enterprise)

UX for the Enterprise · An A List Apart Article

by JORDAN KOSCHEI

こんなシナリオを考えてほしい。あなたは製品をデザインするために雇われた。その製品は、リリースされるとすぐに5万人のユーザーに使われることが約束されている。製品のクライアントは専任のサポート担当がおり、使われるテクノロジースタックは最初からはっきりしている。そしてなにより、あなたの仕事の質がユーザーの生活に直結するのだ。

これがエンタープライズUXである。

そう、5万もの人があなたの製品を使うのは、彼らにはほかに選択肢がないからだ。そして使われるテクノロジースタックは10年前の時代後れのものだ。にもかかわらず、企業の依頼でUXを作り込む作業をするのは業界に優れたデザインを広める機会であり、必要とされていることである。

エンタープライズUXは、社内ツール全般の体験を指す、すなわち一般消費者ではなく従業員に使われるものだ。例えば次のようなものが該当する。

  • 人事ポータル
  • 在庫管理アプリ
  • コンテンツマネジメントシステム
  • イントラネットサイト
  • 独自の企業内ソフトウェア

小規模なクライアントとの仕事から、フォーチュン500のような大きな企業が抱える問題を解決するような仕事へと切り替えるようになってから、私はデザイナー達からどうしてそんな仕事をするような決断をしたのかと聞かれるようになった。もっと面白くてアジャイルで、Tシャツ姿が似合うような仕事ができるのに、なぜ企業向けアプリケーションの仕事を選ぶのか? と。ビッグビジネスはデザインカルチャーの対極にあるのではないか? と。

まあ確かにそうだ。企業の依頼で仕事をするのは、フラストレーションがたまるし、際限のないミーティングが続くし、官僚主義の迷路にいるようなものだ。と同時にそれはユニークなチャレンジであり、クリエイティブな満足感を満たすなどの多くの見返りもある。デザイナーとして私たちは課題を解決することが仕事であり、グローバル企業の中に潜むそうした問題などよりも大きな課題というものがあるのだ。結局のところ、フォーチュン500企業は社内ツールに対して「やるべきことができればいい」と考えがちで、それが十分なデザインやテストをしない理由だ。けれどこれらのツールに対してもコンシューマ向け製品と同じような体験や魅力を与えることで、ユーザーやサポート部隊の価値やブランドを引き上げることができるのだ。

なぜ企業向けの仕事はやっかいなのか

エンタープライズUXはしばしば、その企業が本当に解決したいがために作られたツールによって生じた副作用的な問題を解決することに用いられる。これらのささいな問題は本来の目的の陰に隠れてめったに表面化されることはないのだが、だからといって解決しないわけにはいかない。世界で最も優れたデザインの自動車を作り出すことができる企業も、その品質管理で使われているソフトが使いにくくてプロセスの進行がぎくしゃくしたところで、そこに注意を払わないことがほとんどだ。しかしよいデザインというものは企業がするべきことをきちんとできるようにしてくれるものだ。

企業の従業員もコンシューマである。そして彼らは会社で使うツールにもコンシューマ製品と同じような使い勝手を期待する。なぜ企業の在庫管理アプリや人事ポータルはEvernoteやPinterestやInstagramのようになっていないのだろう? コンシューマアプリだったら、出来の悪いアプリをユーザーが削除できる。エンタープライズアプリの出来が悪いときには、ユーザーがそこで悪戦苦闘することになる。

この利害の影響は非常に大きい。多数の企業ユーザーは良いデザインと悪いデザインの差を大きく広げる働きをするのだ。大きな組織においては小さな非効率であっても、結果としてユーザーがそこに費やした時間分のコストを失うことになるし、社員のフラストレーションも増大させる。だからこそ、企業が社内ツールのユーザー体験の優先度をあげることがより効果的な組織運営につながるのだ。最近リリースされたビジネスの指標によると、デザイン指向の企業は過去10年以上にわたり、S&P(訳注:米企業500社の平均株価)を228%も上回っているという

エンタープライズUXのビジネス価値を示す完璧な例がこの記事で読める(“Calculating ROI on UX & Usability Projects”)。

もしも一連の画面ごとに、5分かかっていたタスクをから2分半に短縮できるように最適化したのなら、それは利用者の生産性を100%向上させたことになる。これは大きい、本当に大きい。もし企業が100人のコールセンター要員を抱えていて、平均給与が4万ドル、手当が8000ドル以内だったとしたら、彼らの仕事を減らすか別の仕事ができるようにしたことで、一人当たり年間24万ドルを節約したことになるのだ。

これはシンプルな例だが、ポイントを抑えている。企業が100人のコールセンター要員を抱えていたら、節約額は何百万ドルにも上るのだ。もしこれが数千人だったら、数万人だったら、そのインパクトがお分かりだろうか?

私たちは、この地球上のいくつかの大きな産業の中にあるこうした機会を持っているのだ。幾多ある多くの企業は、技術とビジネス思考と、そして偶然だったり特に意図を持たないデザインによって構成されてきた。いま、こうした企業が明確なデザインの価値に目覚めた。彼らはこれから何年もの間、彼ら自身を悩ませてきたツールやプロセスと戦わなければならない。デザインとは過剰を削ぎ、良質に、精悍に、より人の組織のように作っていくものといえる。

エンタープライズプロジェクトで働く

月並みなエンタープライズUXプロジェクトといったものはない。1つの企業内であってもそのプロジェクトのバラエティは目眩がするほどだ。私は1週間で100万ビジターのサイトから、1年で12人以下しか使わないようなアプリのプロジェクトまで関わったことがある。

コンシューマの世界では繰り返し型のプロジェクトが使われるようなものでも、エンタープライズの世界では一度しかリリースできないことが多い。だから最初のリリースでうまくいくことがとても重要になってくる。それはコストだったり社内文化だったり、あるいは数万人もの従業員に対してアップデートをするのがひどく面倒だったりといった事情による。エンタープライズの顧客はしばしばとても時代後れなソリューションしか使えない場合があるのだ。多くの企業がマイクロソフトに対してWindows XPのサポート期間を延長するように要請したことをみなさんも聞いたことがあるはずだ。これがこの世界のルールであり、例外はない。

フォーチュン500のような企業の社内ツールのデザインでは適用性というものが求められる。しかしこれはコンシューマ向けのデザインのそれとはことなる。エンタープライズUXを統括するようなユニバーサルなルールはないけれど、小規模なクライアントから移行してきた私にとって、知っておくべきだったいくつかの規律のようなものはある。

エンドユーザー向けにデザインせよ

デザインの仕事の多くにおいて、ソフトウェアのエンドユーザーと仕事の依頼者がおそらくは異なるだろうことがある。

大きな組織においては、この依頼者とユーザーとの乖離は大きい。現場ディレクターが在庫管理担当者用アプリの依頼主だったり、あるいはIT部門の誰かが営業チーム用レポートの依頼者だったりする。エンタープライズ規模の官僚主義においては、UXプロジェクトの依頼主はしばしばマネジメントレベルの人である。そして彼らは大きな構想を持つ一方で、そのソフトウェアを日々利用する人たちのニーズについてはまったく気がついていない。

そこでステイクホルダーへのインタビューを実行することで依頼者のビジネスゴールを理解するとともに、ユーザーや経験的なデータもともに入手することも忘れてはならない。幸いなことに、企業においてはコンシューマの世界よりもこうした情報の入手が容易だ。

企業はものごとを数値化することを好むので、生産性やソフトウェアの利用についてはおそらく既存のデータがあるだろう。そしてコンシューマの世界ではユーザビリティの調査でユーザーが調査項目に答えることは好まないけれど、エンタープライズの世界ではこれは投資の一環であり、ユーザーがあなたの質問に答えることは業務の一部として行われるのだ。

成功するエンタープライズUXのプロジェクトは、ユーザーのニーズだけでなく、発注者の目的、そして組織のプライオリティも考慮する。最良のユーザー体験とはこうしたさまざまな考慮の狭間にあるのだ。

教育者であり擁護者であれ、しかしそれ以上に柔軟であれ

デザイナーであるということは現実にはさまざまな相談を行うことであり、デザイン上の決断を的確に行うためには、発注者に全体の原則を説明し、よいユーザー体験とは何かという基本を説いていかなければならない。そうしなければ1ピクセルたりとも動かせないのだ。

ほとんどの企業における発注者は、調達手順というものがあり、またプロジェクトマネジメントの手法は健全なUXワークフローとは不協和音を奏でるだろう。デザイナー達はしばしば、自分の仕事を既存の組織に合わせる手がかりを探さねばならず、これがもし適切でなければとてもフラストレーションを引き起こすものとなる。

私は以前、大企業のWebサイトの一部を再デザインする仕事を任された。私のチームはビジュアルデザインの担当で、コンテンツはあらかじめ用意され、開発パートナーはすでに採用済みだった。

普通なら、デザインの意図とサイトがマッチするかを確認するために、デザインと開発フェーズは全体にオーバーラップして進行するのが好ましい。しかしタイトな締め切りと発注者のワークフローによってそれはできず、その代わり私たちには開発チームの最終モックアップが手渡された。私たちはそれで、すべてがうまくいくように祈るしかなかった。 Webサイトのローンチの1週間前まで私たちがWebサイトを見ることはできず、予想通りにそのローンチ予定のサイトにはたくさんの食い違いによる問題が発覚した。デザイナーによる間違ったフォントの指定やマージンの間違い、色の間違いなどはぎりぎりまで修正されなかった。修正プロセスは品質管理のためデベロッパーに対して行われた。

私たちはサイトをデザインに沿い、また発注者の目的に沿うように、重要な変更点をプライオリティ順に記述した。その多くがローンチまでに修正され、残りを修正するために2回目の作業も迅速に行われた。けれど、デザイナーと開発者のあいだで主張されたデザイン上の問題については優先的な修正は行われなかった。

ここから課題も得ることができた。デザインと開発のワークフローを見直し、なぜこの2つのプロセスのオーバーラップが必要かを発注者に説明することができた。私たちはまた、企業に特有の仕事の仕方に対し、いかにデザインのワークフローを合わせるかについても考えた。振り返りのフェーズを追加し、例えばサードパーティの開発者がタイトな締め切りであっても私たちのフィードバックを受け入れ可能にするようなものを。発注者にもっとフレキシブルになってほしいと依頼するのだから、私たち自身も同じようにフレキシブルにならなければならない。そして、発注者は次のプロジェクトでは開発プロセスで十分な時間を用意すると提案してくれた。

いくつもの制限への適応の必要性というのは機会であって障害ではない。デザイナーが大きな組織にもたらす大きな価値の1つは、デザインプロセスとその重要性への洞察にある。デザインの教育と用語は1つのプロジェクトを超え、組織の中にいかによりよくデザインシンキングを行っていくかという理解を依頼者に与えることができる。

文化を学び、言葉で語れ

組織のための社内ツールをデザインするには、その組織の基本的なマインドセットからその組織固有の価値までを含むカルチャーを学ぶ必要がある。

企業内の発注者はときとして短期的な思考により、長期的なデザインの目的の推進を困難にすることがある。企業の発注者と仕事をするときには、その優先順位を頭に入れておくべきだ。それはミーティングの区切りが四半期ごとにあると言うこと、予算をちゃんと消化することで来期も予算を獲得すること、メトリクスの数値を改善することで上司を喜ばせることなどだ。企業の発注者は一方で、デザインのトレンドやUXのベストプラクティスなどにそれほど興味はない。彼らはただ、それが仕事に役立つものであればいいのだ。

もちろん、それは言うが易し、するが難しだ。発注者が何を重視しているのかはいつも明らかなわけではない。多くの企業がまだよく分かっていないカルチャーに対してリップサービスのように発言するおかげで、彼らがデザインプロセスで何を目指しているのかを知ることは困難だ。いかに多くの企業が、重役達がその言葉の意味も知らないのに自分たちのことを「デザインにフォーカスしている」とか「イノベーション指向だ」と表現するのは驚くべきことではないか。

ではどうやって企業内の発注者が何を重視しているのかを見極めればいいのだろう。

それには時間がかかるだろう。しかし最も適切な手段は、発注者が語る言葉によく耳を傾けることだろう。異なる組織には異なるボキャブラリがあり、それは彼らの思考を表している。あなたは多くのジャーゴン(専門用語)にぶちあたるだろうが、あなたの仕事は傾聴し、それをゴールに向かって実行できる言葉に置き換えることだ。従業員は「サークリングバック」とか「このオフラインについて話さないか?」という会話をしているだろうか? そうした企業にとって重要なのは構造的なコミュニケーションなのだろう。では「バリューアド」とか「手近な目標」については? その組織にとっては短期的な目標設定や投資対効果といったことが重要なカルチャーなのだろう。

どの発注者もあなたと会話するためにデザイン用語を覚えるつもりなど内。とりわけ企業の発注者は仕事で忙しいのだ。彼らがあなたの言語を学ぶ必要はない。あなたが彼らの言語を学ぶのだ。

前へ進め

私たちデザイナーは問題を解決するために存在し、企業組織は利益を得ようとする。彼らはスタートアップや中小規模の発注者と比べれば多くの制約を課してくるおかげで、多くのデザイナーがその制約や官僚主義を前にして立ち止まってしまう。しかしそれ以外のデザイナーはある領域の中で優れたデザインを膨らませているのだ。

企業のプロジェクトはUXデザイナーであれば何かしら挑戦すべきものだと思う。そうじゃないか? あなたもなにか言うべきことがあるのではないか。

著者について

Jordan Koschei
Jordan KoscheiFusion MediaのUXディレクターであり、フォーチュン500社のデジタルへの取り組みを支援している。UXのデザインやフロントエンドのコードをちょこちょこ書いていないときは、The Industryにオピニオン記事を書いているか、Twitterで解説をしているか、もしくはニューヨークのハドソンバレーを謳歌している。

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Junichi Niino(jniino)
IT系の雑誌編集者、オンラインメディア発行人を経て独立。2009年にPublickeyを開始しました。
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