SAP「保守料金を値上げします」 顧客「だめ。この試験に合格したら許す」 SAP「じゃあ頑張ります」←いまここ

2009年7月7日

業務アプリケーションベンダーとして世界最大の企業、ドイツのSAPは昨年の7月、保守サービスを手厚くする代わりに、多くの顧客に実質的な値上げとなる保守料金の体系を変更すると発表しました。

ところがこれに世界中のユーザーグループが反発。保守サービスに値上げするだけの価値があるのかどうか、実際にSAPを導入している顧客で効果を測定し、一定以上の効果が証明できたら値上げしてもいい、というプロジェクトを開始しました。

顧客とベンダが共同で、製品とその保守サービスの価値を数値によって証明する、ということに取り組むこのプロジェクト。ソフトウェアやサービスが提供する価値とは何か? それをどうやって数値で表していくのか、非常に興味深い内容が詰まっています。

これまでの経緯を振り返ってみましょう。

値上げの発表と、反発するユーザーグループ

SAPが企業向けサポート体系を変更,「SAP Enterprise Support」に一本化へ:ITpro

2008年7月、SAPが保守体系の変更を発表したのが、すべての発端でした。

このニュースでは次のように伝えられています。

独SAPは現地時間2008年7月16日,企業向けサポート体系を変更し,2009年1月1日より「SAP Enterprise Support」に一本化すると発表した。既存のサポート・サービス「SAP Standard Support」と「SAP Premium Support」の契約者は,SAP Enterprise Supportで提供されるサービスの一部を追加料金無しで2008年7月より利用可能となるが,2009年からはサービス使用料が高くなる。

SAPはこれまで「SAP Standard Support」や「SAP Premium Support」などの保守サービスを提供していましたが、手厚い保守サービスが提供される代わりにそれらよりも高価(ライセンス料の22%)な「SAP Enterprise Support」に一本化する、というのがこの発表の主旨です。

ところがこの発表が、SAPのユーザーの多くから反発を受けます。そこでSAPと、各国のSAPユーザーグループの代表が集まる「SUGEN(SAP User Group Executive Network)」が、2008年10月からこの件についての協議を開始し、2008年11月には共同で以下のプロジェクトを開始するとアナウンスをしました。

このリリースの中で、顧客の90%が値上げに反対していることが明らかにされました。

回答者の90%がSAP Enterprise Supportの全体像がまだ十分に理解できておらず、価値が費用増の理由にはできないと考えていることがわかりました。

そこで、SAPとSUGENはSAP Enterprise Supportの価値を数字で評価するプロジェクトの開始を発表します。

SAP社はSUGENとSAP Enterprise Supportに関する価値業績評価指標(Value Key Performance Indicators、以下KPI)を確立する共同チームを創設しました。SUGENとSAP社は、ユーザーの期待値に対してKPIの進捗を定期的に検証し、KPIが達成されるのを確認しながらSAP Enterprise Supportの展開のスケジュールを調整することとしました。

SAPへ。トラブルの解決時間や件数を削減せよ

SAP と SUGEN、SAP Enterprise Support のマイルストーンを発表 | ニュース | JSUG -JAPAN SAP USERS' GROUP

2009年5月には、SAPにとって最大のイベント、SAPPHIRE 2009が米国オーランドで開催されました。その壇上で、SAP Enterprise Supportの価値を計る具体的な指標についてSAPとSUGENが合意したことが発表されました。

この発表からポイントを抜粋しましょう。

当初、2012年まで段階的な値上げが行われる予定でしたが、それが2015年までに変更されました。

SAP Enterprise Supportに移行されたサポート契約に合致するようにSAP Enterprise Supportの2008年に発表した価格プログラムを改定し、2015年までに段階的に保守料率を22%に改定するようにいたしました。

そして、SAP Enterprise Supportサービスの価値を計る具体的な指標に合意しています。

SUGEN(SAP User Group Executive Network)は、SAP Enterprise Support サービスの価値を測る業績評価指標(KPI)の項目定義に合意し、この KPI に基づいて SAPのお客様がSAP Enterprise Supportからどのように価値を得られているかを定義、測定する共同ベンチマークプログラムを始動したと発表しました。

SAP では、SUGEN KPI Index に基づく目標が達成されない場合は、SAP Enterprise Support の値上げを延期することに同意しました。

つまり、SAPが頑張ってSAP Enterprise Supportの価値を証明しない限り、値上げは行われません。

では、その価値をどういった側面から測るのか? については、以下の説明があります。

SUGEN KPI Index は、お客様との協議を経て決定された、ビジネス価値を向上させる次の4つの主要なカテゴリに基づいて集約された業績評価指標です。

  • ビジネスの継続
  • ビジネスプロセスの改善
  • 投資保護
  • TCO(総運用コスト)

日経コンピュータ2009年5月27日号の記事には、上記の指標の計り方として次のような説明がされています。

例えばビジネスの継続の場合、「平均問題解決時間の短縮」や「SAPシステムで起こる問題の削減」といったKPIを設けた。KPI評価の対象としてグローバル企業約100社を選定した。日本企業もJSUG活動の中心となっている13社が参加する。

とあります。つまり、SAPで発生したトラブルをより短時間で解決したり、1年間で起こるSAPのトラブルそのものの件数が減ることによって、SAP Enterprise Supportの価値を計る、ということのようです。

A Software Insider's Point of View » News Analysis: Details On The SUGEN KPI's For SAP Enterprise Support」には、もう少し詳しく、全体で10のKPIがあると解説されています。

Business Continuity(ビジネスの継続)

  • Increased business solution availability
  • Reduced amount of work related to all SAP incidents (including reduced mean time to resolve and reduced overall SAP incidents)

Business Process Performance(ビジネスプロセスの改善)

  • Reduced number of emergency changes.
  • Reduced amount of work for post-go-live stabilization and optimization.
  • Reduced number of failed changes, which must be backed out of business solutions in productive use.

Protection of Investment(投資の保護)

  • Deployment of the latest innovation for application and technology stacks.
  • Reduced maintenance costs by elimination of unnecessary modifications.

Total Cost of Operations(総保有コストの削減)

  • Decreased hardware costs (e.g. CPU).
  • Decreased storage costs.
  • Reduced total work of deploying support and enhancement packages.

では、どれだけこうした件数が減ればいいのでしょうか? これも日経コンピュータから引用します。

SAPは、保守料率の引き上げの目安となるKPIの削減率目標について、累計で09年に4%、10年12%、11年に22%、12年に30%とする。目標が達成されない場合、料率を引き上げない。

最終的に現在よりもトータルで30%削減する、というのがSAPに課せられたハードルとなっています。これを約3年半で達成するというのは、それほど高いハードルではないように思います。

そして測定が始まった

そして昨日、このSAP Enterprise Supportの効果測定が始まったと、Computerworld.jpで報じられました。

顧客がベンダを厳しく数値によって評価し、本当に価値のあるサービスを提供すると納得したならば値上げを許可する。これまでなかったベンダと顧客の関係が始まろうとしています。

もしも数値によって顧客を納得させることができれば、SAPにとっては顧客とより強い信頼関係を作ることに成功するでしょう。それは目に見えない大きな差別化要因になるはずです。SAPは、値上げの発表に反発されるという災いを転じて福となすことができるでしょうか。

クラウドやSaaSによる新しい技術とプレイヤーの登場、世界的な不況など、同社にとって難しい環境のなかで、これからの3年半は同社にとって重要な期間となることは間違いなさそうです。

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