AWSが生まれたのは、Amazonが経費削減のためにSunのサーバからHP/Linuxサーバへ切り替えたことがきっかけ。当時の社員が振り返る

2021年1月12日

1990年代後半に、米Yahoo!などに代表されるインターネット系企業の株が高騰したインターネットバブルが発生しました。

そのバブルが2000年前後にはじけると、ユーザー数の拡大を背景に資金調達をしてきた企業の多くが投資家からの資金を得られなくなり、行き詰まり始めます。

Amazon.comもそうした状況のなかで先行きを不安視された企業の1つでした。2001年4月の週刊東洋経済の記事には、最高値の10分の1程度にまで下がった株価のグラフとともに、「莫大な酸素(キャッシュ)を燃やし続けている」「2000年12月末時点で2000億円を超える債務超過だ」と記されています。

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当時Amazon.comのデジタルメディア部門ディレクターであったDan Rose氏は、このとき大きな支出は高価なSun Microsystemsのサーバを抱えるデータセンターだったため、それを安価なHPのLinuxサーバに切り替えたことが、Amazon Web Services(AWS)が生まれたきっかけになったと一連のツイッターで振り返っています。

(インターネットバブルがはじけた2000年、私はAmazon.comにいた。資本市場は干上がり、われわれは1年ごとに10億ドル(約1000億円)の費用を燃やしていた。最大の支出は高価なSunのサーバ群を抱えるデータセンターだった。そこで私たちは1年かけてSunをHPのLinuxサーバへと置き換えていったが、これがAWSの基礎となった。この頃のことを振り返ってみよう)

Dan Rose氏は1999年から2006年までAmazon.comに勤務。その後Facebookのパートナー担当VPとなり、現在はベンチャーキャピタルのCoatue Managementに務めている人物。

大変興味深いツイートでしたので、続けて紹介しようと思います。

Jeff Bezos氏、高価なSunサーバをHP/Linuxへ置き換えると決断

(当時の私たちのモットーは「より速く大きくなる」であり、サイトの安定稼働こそ私たちにとって最重要だった。というのもダウンタイムの1秒ごとに売り上げを失うのだ、だからサイトを稼働させ続けることに大金を使っていた。Sunはプロプライエタリで高価であったがもっとも信頼性が高いサーバであったため、あらゆるインターネット企業が使っていた)

(2000年に入り、ベンチャーキャピタルからの追加投資が得られずに破産したスタートアップが放出した新品のSunサーバが何台も、eBayで10セントから競売に出始めた(当時はAWS登場以前だったから、自分たちでデータセンターを持つ必要があったのだ)。だからAmazonはSunに対して値切ることもできたが、Jeff(新野注:Jeff Bezos CEO)はもっと大胆なアプローチを選んだ)

(AmazonのCTOはRick Dalzell、ウォルマート出身の猪突猛進型だ。彼はエンジニア組織全部を使ってSunをHP/Linuxに置き換えた。Linuxのカーネルがリリースされたのが94年で、JeffがAmazonをスタートさせたのと同じ年だ。6年たって、私たちは全社でそれに賭けることにしたが、当時それは斬新でリスキーなアプローチだった)

Dan Rose氏が振り返るように、インターネットバブルの頃は、高性能なWebサーバと言えばSun MicrosystemsのSolaris/SPARCサーバがその代表であり、それをシスコのルータ経由でインターネットに接続するのが大規模Webサイトの典型的な構成でした。

これをx86サーバとLinuxに置き換えるというのは、当時のx86サーバの能力やLinuxの成熟度、その上で大規模なECサイトを稼働させることなどを考えると、たしかに斬新かつリスキーなアプローチだったと言えるでしょう。

2010年にSun Microsystemsはオラクルに買収されるわけですが、その後の技術の潮流を考えれば、このインターネットバブルの頃が同社の最盛期だったのかもしれません。

Dan Rose氏のツイートに戻りましょう。

Jeff Bezos氏の決断によりSunサーバをHP/Linuxへ置き換えることにした同社は、しかし置き換えに失敗すれば倒産というところまで追い詰められます。

HP/Linuxへの置き換えに失敗すれば、Webサイトは落ち会社は死ぬ

(HP/Linuxへの移行作業のあいだ製品開発は止まり、1年以上にわたり新機能が凍結された。膨大なバックログを抱えたものの、Linuxへの移行が完了するまで何も提供できなかった。私は、ある全員参加型の会議で、 VPの一人が蛇がネズミを無理やり飲み込もうとしている画像をちらりと見せたのを覚えている)

(手持ち資金が燃え尽きるのを遅らせるために販売価格引き上げなければならなかったことと、収益の伸びが鈍化したことなどが重なった。私たちの残り資金と残り時間はなくなろうとしており、あと数四半期以内には倒産するところまで追い込まれた)

(Linuxへの移行を開始すると、もう後戻りはできない。全員でコードベースのリファクタリング、サーバーの交換、カットオーバーの準備をした。うまくいけば、インフラコストは80%以上削減できる。しかしもし失敗すればWebサイトは落ち、会社は死ぬことになる)

余ったサーバ能力を他社に貸し出したらどうだろう?

(私たちはついに移行を完了させた、時間通りに、滞りなく。これはエンジニアリングチーム全体にとって大きな成果だった。サイトは何の混乱もなく稼働していた。設備投資は一晩で大幅に削減された。そして、私たちは突然、無限に拡張可能なインフラストラクチャを手に入れたのだ)

(すると、さらに興味深いことが起こる。小売業として私たちは、毎年11月と12月にはトラフィックと売り上げが跳ね上がるという、季節ごとの変動にさらされている。そこでJeffは考え始めた……私たちには年間46週分の余ったサーバ能力がある。これを他社に貸し出したらどうだろう?)

(同じくこの頃、Jeffは社内のチームのデカップリングについても興味を持ち始め、他のチームからの許可なく別のチームがビルドできるようにした。この疎結合モデルを可能にするために必要なアーキテクチャの変更が、AWSにとってのAPIの基礎となった)

(これらがAWSの基本的な考え方となったのだ。私が覚えているのは、Jeffが全員参加の会議において、(AWSのようなクラウドを)電力網の文脈で考えていたことである。1900年代、ビジネスを始めるには自力で電力をまかなう必要があったが、2000年代にビジネスをはじめるのになぜ自社でデータセンターを保有しなければならないのかと)

善き危機を無駄にする事なかれ

(AWSが存在しなかったとしてしもクラウドは登場していただろう(テスラが存在しなくとも電気自動車が登場したように)。しかしどれだけその時期が遅れ、機会損失になっただろうか? AWSの登場で起業のコストは劇的に下がり、イノベーションの爆発が起こり、現代的なベンチャーキャピタルのエコシステムが生まれたのだ)

(Amazonは2000年から2003年にかけて倒産の瀬戸際まで追い詰められた。しかしこの危機なしには、完全に新しいアーキテクチャに移行するという難しい決断はできなかったのではないだろうか。そしてこの移行なしにAWSは生まれなかったのではないだろうか。善き危機を無駄にする事なかれ!)

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Junichi Niino(jniino)
IT系の雑誌編集者、オンラインメディア発行人を経て独立。2009年にPublickeyを開始しました。
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