商業ライターにおける5つの発展段階について(Publickey私案)

2015年8月11日

いまはメディアの変革期ということもあり、メディアのあり方や、そこで働く編集者やライターといった職業の人たちに注目が集まっています。

僕はかつて雑誌やオンラインメディアの編集部に所属し、記者や編集者、ライターといった同僚たちがどのように成長するのかを間近に見たり、どうすれば成長を支援できるのかを管理職として考える立場にありました。

ネットの普及で以前より多くの人がメディアに関する仕事に興味を持ち始め、多くの人がライターや編集といった職に就こうとしているいま、僕が見て考えてきた知見をまとめておくのは意味があることなのかなと思い、ちょうどお盆が近づいてIT系のニュースが乏しくなってきたこの時期に、記事として紹介することにしました。

ここで主に想定するのは、組織に属しているかフリーランスかにかかわらず記事の執筆を仕事の中心とする、いわゆる商業ライターの人たちです。その商業ライターが備えると望ましいであろう能力を、5つの段階で示してみました。

僕の知見はIT系のメディアで働いてきた経験をもとにしていますので、必ずしもほかの分野で通用するかどうかは分かりません。しかし、商業ライターの能力とはどういうものなのか議論の材料としては使えると思うので、さまざまな分野の知見を共有する際の参考にしていただければと思います。

では、第一段階から紹介していきましょう。

第一段階 文章を書き慣れる

商業ライターとして求められる最低限の能力は、限られた時間の中で一定以上の分量とクオリティを備えた文章を書き上げられることです。

この基本的な能力を身につけるために大事なのは、何はともあれたくさんの記事を書くことでしょう。

記事にはさまざまなパターンがあります。例えば、新製品発表会や記者発表会などを取材して書く場合には、発表された内容を手短にまとめるパターン、社長など登壇者の発言を中心に取り上げるパターン、新製品の写真を中心にまとめるパターンなどがあるでしょうし、展示会のレポートならば展示会全体のテーマを紹介するパターン、展示会の目玉となるブースの内容に焦点を当てるパターン、来場者の反応を中心に取り上げるパターンなどが考えられます。

さまざまな記事のパターンを身につけること

商業ライターにとって記事を書き慣れるとは、記事の主題を表現するのに適切なさまざまなパターンを知っていて、それが身についている、ということだと思います。パターンが身についていれば、情報収集をする時点でどんな情報が必要なのかがある程度明確になるため効率的で漏れが少なくなり、執筆時にも試行錯誤が減って短時間で執筆できるようになります。

そのためには、プレスリリースや記者発表会や展示会、あるいは製品カタログなど、情報の取得や取材が比較的簡単で主題が明確な情報源を基に、ニュースやイベントレポートなどの記事を量産する経験を積むのがよいのではないでしょうか。

第二段階 自律的な情報収集による執筆ができるようになる

商業ライターの仕事の多くは、執筆するための材料となる情報を収集するところから始まります。そのため、自律的に情報収集できる能力は優秀な商業ライターに欠かせません。

第一段階では、あらかじめ用意された情報源を活用して記事を作成する能力を紹介しました。その次の段階では発注された内容を基に、どのような記事にすべきかを考え、それを実現するための情報収集が自律的にできる能力が求められます。

情報収集の作業ではまず、発注内容もしくは発注者との打ち合わせなどで決めた記事の内容、例えば「ある製品の魅力と優位性を伝える」とか「ある分野の最新動向を読者に伝える」などを念頭に、どのような情報を集めればいいのかを考えます。

集めるべき情報は、紙やネット上の過去の文献、競合他社の製品情報、体験者の感想、開発者へのインタビューなどなどさまざまでしょう。どの情報をどのような切り口と記事のパターンで提示するのが記事として効果的なのか、そして締め切りまでの時間や予算なども勘案しつつ、集めるべき情報の取捨選択と優先順位付けをしていきます。

おそらく情報の取捨選択をしながら、情報収集活動としての取材も進めていくことになるでしょう。ネットの検索は簡単ですが、英語の文献を読みこなしたり、関係者へのインタビューなどを行う必要があるかもしれません。

得意分野を持ち、インタビューもこなせるように

どのような情報を記事として提示すれば、発注に合致しつつ魅力的な記事になるかを考え実践するには、まったく何の予備知識もない状態から考えるよりも、予備知識があった状態のほうがずっと短時間で的確にできるはずです。

もちろんあらゆる発注に対応できる幅広い知識を身につけることが望ましいでしょうけれど、実際にはある程度それぞれのライターにとってこの分野なら知識があると胸を張れる得意分野を意識し、それを深めることと広げていくことがこの第二段階では大事だと思います。

商業ライターにとっての得意分野とは、例えばその分野でインタビュー記事を依頼されたならば内容に応じてインタビュー先を複数思いつくことができて、的確な質問を5つ6つ提案し、実際にインタビューをこなして記事としてまとめる、といったことがスムーズにできるかどうか。これが1つの指針になるのではないかと思っています。

これができるならば、その分野のキーパーソンを知っていて、その分野で使われるボキャブラリも理解しており、動向を把握していて、それらの情報を記事として適切にまとめることができる、そういう能力があると言えるのではないでしょうか。

そしてこの第二段階の能力を備えていれば、商業ライターとして一人前に見られるはずです。

第三段階 読者を理解した提案ができるようになる

商業ライターにとって「発注されたものをちゃんと書く能力」が十分にあることは当然の要素であって、それは第二段階で一定の水準まで達しているはずです。

第三段階とその次の第四段階では、「書く能力を発揮するための能力」あるいは「書くべき記事を書く環境を作り出す能力」といった種類の、商業ライターにおけるビジネスマンとしての能力を紹介したいと思います。

記事の発注段階では方向性や内容が未定であることはよくあることですし、ある程度明確になっていたとしてもその方向性や内容が本当に適切なものなのか、ライターを交えて打ち合わせをすることは一般的なことでしょう。

このとき、ライターの意見として自分の得意分野とすり合わせたり、自分の知識を基にした内容を提案するだけではなく、想定する読者層はどうあるべきか、そしてその読者層はいま何に興味を持っているのか、読者にとって有益な記事とはどのような内容を備えるのがよいと思われるのかなど、「読者」を主語にした提案をすることで、記事の価値をより高いものにするための議論が促進されます。

一般に、読者層の想定や読者のこれまでの反応などは、メディアを運営する編集部に情報が集まっていて、それを基にした記事の提案も編集部のスタッフが考える役割を担ってきました。

しかし商業ライターにとって、編集部を通じた仕事だけではなく、一般企業からの直接の依頼、あるいは編集部の機能を十分に備えていない組織からの仕事も少なくないはずです。そのようなケースでも読者をきちんと想定した提案と議論ができることは、記事を執筆するプロセス全体の質の向上とともに、成果物である記事の質を高めることにもつながります。

そしてもちろん読者をしっかりした把握している編集部を通じた仕事であっても、ライターの立場から見える読者についての意見を述べて議論することは、同じように仕事の質を高めることでしょう。

記事のタイトル付けに責任を持てる段階

紙の時代には、ライターにとって記事に対する反応は編集部などを通じて間接的にしか得ることができませんでした。

しかしネットとソーシャルメディアが普及したことで、さまざまな記事に対して読者たちがどう反応しているのかを知ることは以前よりずっと容易になっています。それらを継続的に観察していれば記事ごとの詳細なページビューは分からなくとも、ある分野でどのような読者層が何に注目しているのか、どのような話題に敏感なのか、どのような情報を記事として提示すべきなのか、といった自分なりの知見を持つことができるはずです。

それを打ち合わせのときに説得力を持って伝えることができれば、ライター自身が記事の主導権を握りやすくなり、それが自分の能力を生かした記事執筆につながります。そして読者に対する知見が正しければ結果もおのずと良いものになるはずです。それが次の仕事への好循環を生むでしょう。

読者を主語にした建設的な議論ができるかどうか、そしてそれが結果に結びついているかが、第三段階の成熟度を示す指針になるはずです。

それからもう1つ、ネットの時代には記事タイトルの重要度が高まっています。記事のタイトルこそが、クリックするかしないかという読者の判断材料になるからです。ネットにおける記事のタイトル付けのノウハウはたくさん出回っていますが、想定する読者が何を求めているのかをいつも観察しているこの第三段階にあると思われる人こそ、タイトル付けに責任を持てる立場ではないかと思います。

第四段階 クライアントを理解した企画の立案と実現ができるようになる

第三段階で「読者」を主語にした提案を行うのと同じように、次の段階では「クライアント」(あるいは発注者)を理解した提案ができると、発注者の信頼を得つつより質の高い仕事ができるようになるでしょう。

記事の発注があるとき、そこには発注者が記事として伝えたいテーマや内容があります。第三段階の説明では、それを踏まえつつ、読者の立場に立ってどのような切り口や情報を選択して記事にするのが適切かを提案できるとよいのではないか、と説明しました。

一方で、記事の発注側の背景というものもあります。発注者が所属する組織があり、その組織が持つメディアや広告などの枠組みがあり、前例があり、発注者の立場があり、予算などがあり、発注の目的があるわけです。

そして、同じテーマの記事の発注であったとしても、発注の背景が異なれば執筆すべき記事の内容は異なってきます。

例えば知名度の低い新興企業が満を持して発表した製品を訴求したい、という記事の依頼を受けた場合、製品の魅力を伝える前に、まず企業そのもの紹介をきちんとすべきかもしれません。その場合、予算や期日に余裕があるのならば、長い1本の記事よりも複数回に分けた方が効果的ではないか、とも考えられます。

あるいはメディアの編集部からの依頼であれば、そのメディアの主張や方向性、読者層、過去の似たような記事によって、同一テーマでも書くべき内容、クローズアップするべきディテールは異なってくるでしょう。

商業ライターにとって、与えられた発注側の背景を踏まえつつ、その中でもっとも読者に適切な記事とはどのようなものなのか、最適な提案ができてそれが採用され、記事を執筆することができれば、記事の成果としても、内容としても、そして(交渉次第では)報酬としても水準以上のものが期待できるはずです。

大事なのは、第三段階においてきちんと読者のことを把握した上で、第四段階でクライアントの事情を把握した提案をできるようにするという点です。読者にとってどうか、という視点を持たないままクライアントの事情に傾くようになってしまっては、発注者にとって便利なライターにはなれても、読者にとって有益なライターにはなれないでしょう。

発注側の業界動向にも目配りをする

発注者側の背景を理解しつつ読者にとって有益な記事の提案をすることで、記事を読者にも商業的にも有効なものとして成立させることできるでしょう。そうなるためには、読者のことをよく知り、同時に発注側の業界動向にもつねに目配りをしていくことの両方が求められます。さまざまな仕事をこなした経験と一定の提案力や交渉力といったものも必要になるでしょう。

どれも抽象的な説明になってしまって恐縮ですが、要するにさまざまな経験を経たベテランの能力というのはこういうものではないかと思うわけで、その能力の水準はなかなか言語化するのが難しいものではないかと思います。

第五段階 目的と結果と責任を意識する

一般に、記事の発注者は記事を手段として達成したい目的があります。それはメディアとしてのページビューや読者の獲得であったり、広告記事を通じての顧客の獲得であったり、パンフレットを通じて製品の利点を訴求することであったりします。

発注者にとって本当に求めているのは記事ではなく結果です。しかし商業ライターは記事を書き上げることに責任は持てますが、それ以上の責任は持てません。

一方でこう考えることはできないでしょうか。発注者や編集者や代理店、そしてライターは、記事によって目的を達成するためのチームだと。

このチームは記事を書き上げるだけのチームではなく、記事を通して目的を達成するためのチームだと考えて、その目的を達成するためにライターとして何ができるかを考えることはできるはずです。

そのためには、打ち合わせの時点で発注された記事に対する事項だけでなく、そもそもこの記事の発注はなぜ行われたのか? その目的は何なのか? といったことも関係者で共有するような打ち合わせができることが望ましいでしょう。

チームの一員としてそうした問いかけができるかどうか、その問いかけで行われる説明が理解できるだけの知識や経験があるか、そして問いかけた以上はその目的を達成するために自分に与えられた領域、すなわちライティングというもっとも重要な領域で、目的達成のための能力を十分に備えているのか、その能力でチームにとってよい結果をもたらすような変化を与えることができるのか、などがこの段階では問われることになるでしょう。

良い記事のためならなんでもできる能力

この段階で求められる能力は、ある意味で記事を執筆する能力とはややかけはなれていて、商業ライターの守備範囲を逸脱しているとみられる可能性があります。発注者のビジネスモデルやメディアの枠組にも話題が触れるかもしれません。しかし、成果物としての優れた記事の執筆とそれによる目的達成こそ商業ライターのミッションであり、その結果が商業ライターの能力を反映するものだと考えるならば、結果に影響を与えるプロセスでできる範囲のことは何でもしていいのではないかと僕は考えています。

もちろんその場合には、それ相応の報酬をいただけるような交渉力も兼ね備えていることが望ましいでしょう。

執筆を超えて(第五段階以降)

商業ライターとしてある程度の知名度や実績が伴ってくると、講演やコンサルティングのような、執筆以外の依頼がくるようになります。こうした仕事は執筆よりも高額の報酬を得られるケースが多くあります。例えば僕は講演やモデレータを毎月のように行っていますが、単価は20万円から30万円以上と、一般的に想定される単発の原稿料よりも高額だといえます。商業ライターには執筆以外の仕事も広がっています。

環境と能力はセットである

「環境と能力はセットである」というのは、僕の好きな言葉です。どんなに優れた能力を持つ人でも、その能力を発揮できる環境とセットでないかぎり優秀な人たりえません。

商業ライターがそのライティングの能力を発揮するには、単にライティング能力が優れているだけでなく、その能力を発揮できる環境をも自分で選び取る、あるいは作り上げる必要があります。これは組織人であってもフリーランスであっても同じですが、特に組織が環境を用意したり支援してくれるわけではないフリーランスにとって重要ではないでしょうか。

ここで書いた五段階のうち、上位となる第三段階から第四段階で能力を発揮するため環境作りに必要な能力について紹介したのは、そういうメッセージを含んでいるのだと受け取っていただければ幸いです。

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Junichi Niino(jniino)
IT系の雑誌編集者、オンラインメディア発行人を経て独立。2009年にPublickeyを開始しました。
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