日本のアジャイルムーブメントに、何が起きていたのか、何が起きているのか

2011年7月27日

(本記事は、InfoQに掲載された平鍋健児氏の記事「What has happened and is happening in Japan’s Agile movement」を、InfoQ Japanの許可を得て翻訳、転載したものです)

InfoQ: What has happened and is happening in Japan’s Agile movement

この10年の私のアジャイル人生でもっとも誇らしい出来事と言えば、Agile2008で「Gordon Pask Award」を受賞したことでした。振り返れば、私が初めて参加したアジャイル関連のイベントは、ソルトレークシティで行われた「Agile Development Conference 2003」で、そこで私は賞をもらったことを思い出します。それは「Thank-you-very-much-for-coming-all-the-way-from-Japan Award」(わざわざ遠い日本からようこそいらっしゃいましたで賞)でした。

この記事では、私は「Gordon Pask Award」の受賞者として、これまでの日本における独自のアジャイルムーブメントを振り返り、そしてこれから起こりつつあることについても書こうと思います。

なぜアジャイル開発は(まだ)日本でメインストリームになっていないのか

現在、アジャイル開発は世界中で広く受け入れられています。日本での採用率は過去2年で大幅に上昇しつつありますが、しかしいまだに20%以下です。

日本のソフトウェア業界では(ここでは主にエンタープラズ市場を想定し、組み込みなどは除く)通常、ユーザーとデベロッパーは相対する2つの組織に分けられています。それらは「ユーザー企業」と「SIer(システムインテグレータ)」と呼ばれています。

SIerはさらに下請けのソフトハウスに作業を依頼することもあります。この下請けはさらにその下請けへと、5階層や6階層におよぶこともあります。すると開発“チーム”は、顧客が1人、プロジェクトマネージャ(最上位のSIerから)が1人いて、あとは別々のソフトハウスからやってきたプログラマーを集めた20人で構成される、ということもありうるのです。

このような状況では、チーム全体で1つのゴールを目指すことはとても難しくなります。理想的にはチームのゴールは顧客の視点から作られるものですが、チームのメンバーがばらばらの会社から来ているために、各自の所属する会社が契約した品質、納期、コストがそれぞれのゴールになってしまっているのです。

国内ソフトウェア業界の最近の変化

このソフトウェア業界の構造はしかし、最近になって変化し始めています。Webブラウザやスマートフォン向けに本格的なオンラインサービスを提供するような企業、とりわけオンラインゲーム企業(例えばグリーやディー・エヌ・エー)やオンラインショッピングモール企業(例えば楽天)が、SIerに開発を外注する代わりに社内デベロッパーを積極的に採用し始めています。過去2年以上にわたり、多くの優秀なデベロッパーがSIerからオンラインサービスの企業へ転職しているのです。

これはよいことだと私は信じています、というのも、これはチームというものを、全員が同じ組織に所属し、顧客の視点で作ったゴールとKPIを共有するという、1つのチーム構造へと変えるものだからです。

日本人は本来、アジャイルが得意である

ひとたびチームの全員が同じゴールを共有できてしまえば、私たち日本人は暗黙知をとてもうまく利用できます。もしもこれが私の偏見であれば許してほしいのですが、西洋人は芸術と科学をうまく切り分け、明示的なコンセプトを作り上げ、そして現実の世界に適応することで、繰り返し問題に当たっていきます。方法論(メソドロジー)を作るのです。

一方で私たち東洋人は、ものごとを形式的に表現することが得意ではありませんが、それぞれの働く現場=ゲンバ(トヨタの用語で、机の上ではない、作業する場所を示す)でアイデアを共有して動くことが得意です。そして仕事のあとは、まるで家族のような関係を作ることもあります。農耕民族としてのわたしたちは長いあいだ家族のように、豊作を喜び、食べ物を分け合い、一緒に働いてきたのです。

アジャイル開発、それは当初は、繰り返し型開発の総称のように思われました。しかし実際にはそれは、振る舞い方や、状況にあった考え方や、自分自身を変える力なのです。であれば、私たち日本人はアジャイル開発を得意とする文化的背景があります。私たちの時代が来たのです!

イベント「Agile Japan」と「Innovation Sprint」

fig Agile Japan 2009より。写真左がポッペンディーク氏、右が黒岩氏

2009年から私たちはイベント「Agile Japan」を毎年開催し、ゲンバで得た知識の共有をはかってきました。このイベントは、2つの基調講演、事例、ワークショップからなるものです。基調講演には毎年、海外から一人、国内から一人ずつスピーカーを招待しています。

2009年には、メアリー・ポッペンディーク(Mary Poppendieck)氏がリーンの起源としてTPS(Toyota Production System)を語り、元トヨタの管理職として黒岩惠(くろいわ さとし)氏がTPSの言葉を使ってアジャイル開発を語りました。

TPSの流れとしてアジャイル開発が語られ、TPSの先生(グル)だった人が今はAgile開発の実践をしていることは、大きな衝撃を持って受け止められました(黒岩惠氏は今年ソルトレイクで開かれるAgile 2011でも登壇します)。

2010年には、アラン・シャロウェイ(Allan Shalloway)氏がポストアジャイル開発とリーンの動向について、そして野中郁次郎氏(スクラムの祖父と呼ばれている)がスクラムの起源とリーダーシップの役割について講演されました。実はそのとき、野中氏はアジャイル開発というものについてご存じなかったことが分かったのですが、20年前のアイデアがいまソフトウェア業界で注目されていることを大変喜ばれていました。そして、有名なSECI知識創造モデル(これはアジャイル開発における学びのサイクルだと考えています)について、開発者のためにもういちど話をしてもよいとお話されていました(SECIモデルについては、この資料をご覧ください)。

2011年にはリンダ・ライジング(Linda Rising)氏を基調講演に招聘し、“Fearless Change”(怖れのない変化)について、震災直後の日本において大いに語っていただきました。この記事ではそのときの様子を報告しています。

fig Innovation Sprint 2011より。写真左がサザーランド氏、右が野中氏。中央が通訳をしている著者

もう1つ、私たちが開催した大きなイベントが「Innovation Sprint 2011」です。ここではジェフ・サザーランド(Jeff Sutherland)氏と野中郁次郎氏の二人を基調講演に迎えました。Jeff氏が、自身が開発した方法論を「スクラム」と命名した背景には、野中郁次郎氏の1986年の論文「The New New Product Development Games」からインスピレーションを得たことはよく知られています。このイベントでJeff氏は野中氏に対する長年の尊敬の念を示し、野中氏は自身が「スクラム」という造語を論文で発表したときには想像もしなかった形でジェフ氏によってそれがソフトウェア業界における重要なものとなったことに感謝していました。

fig “The New New Product Development Game”(1986)と、最初のスクラムの概念

(このイベントについては、私のプログエントリをご参照ください

(ジェフ氏もこのイベントについてブログで書いています

(新野注:Innovation Sprint 2011は、Publickeyの以下の記事でも詳しく紹介しています)

私はこの、東洋から出た思想と西洋の思想がここ日本でついに出会えた瞬間に立ち会うことが出来て、とても光栄に思っています。

野中郁次郎氏と竹内弘高氏は最近になって、“The Wise Leadership”と命名した新しいタイプのリーダーシップについて、ハーバードビジネスレビューの記事で書いています。それは「自分たちの置かれた文脈を重視し、考えることと行動することを同時に行うこと」だそうです(まさにアジャイル開発ではありませんか!)。

結論

Gordon Pask Awardを受賞した日本人開発者として、この記事で私は日本のソフトウェア業界で起きている変革について紹介してきました。この業界をめぐる動きは、アジャイル開発を取り入れることでさらに盛り上がっています。そして、リーンの起源やアジャイル開発のコンセプトは本質的に私たちの中から出てきたものであり、西洋からのみやってきたものではないことも発見しました。

OK, now it is the time for us, friends! (そう、まさに私たちの時代がやってきたのです、みんな!)

日本語訳掲載にあたって(著者による補足)

上記の記事は、世界でおきているアジャイルムーブメントの中で、日本の特異性を世界に理解してもらうこと、そして日本の威厳回復、さらに仲間へのよびかけを目的として書いたものです。

その後、私は「Agile Brazil 2011」に参加し、またひとつ自分の考えの変化があったので、日本の皆さん向けにここで補足したいと思います。

上記記事の中で、戦略的なWebサービス企業がどんどん開発を内製化し、ユーザ企業がSIerに発注する、という構図が崩れてきている、という指摘をしました。私はSIという産業、あるいは「受託開発」という仕事形態の今後について、この記事の中では少し悲観的でした。

ところが、ブラジルで私が目にしたのは、受託開発でありながらも顧客との信頼関係を重視したアジャイル開発をやっている企業、そしてエンジニアたちの姿でした。産業構造的には、ブラジルは米国からの受託開発が多く、その中で顧客の企業文化まで理解しようと努めながらの受託開発の現場を見学しました。特に、顧客ごとにチームを組んで、チーム毎に顧客の会社のロゴを天井から吊り下げながら壁をふんだんに使ってプロジェクトファシリテーションしていた姿は印象的でした(このことについては、近々にレポートしたいと思っています)。

日本における受託開発でも、永和システムマネジメントが発表した「初期費用0円、価値創造契約」のように、契約のやり方と「顧客の価値」についての新しい視点を持った取り組みも始まっています

このように、英語記事では悲観的に書いた日本のSIですが、「受託開発」のやり方はまだまだやり方が残っている、ということを日本語記事の最後に付け足したいと思いました。

それぞれの現場で、みなさん自身でアジャイルの「利用の仕方」を考えて行きましょう。この「自分の課題から考える力」、そして「チームで課題にアタックする行動」こそ、日本の持っている世界に誇れる現場力だと思っています。

OK, now it is the time for us, friends!

著者について

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平鍋健児氏は、アジャイルモデリングツール「astah」などをリリースしている株式会社チェンジビジョンのCEO。本社は東京。最近の記事には「Kanban Applied to Software Development: from Agile to Lean」などがある。

平鍋氏は日本のアジャイル開発コミュニティのリーダーであり、書籍「Lean Software Development」「XP Installed」「Agile Project Management」などの日本語訳も手がけた。アジャイル開発の実践の功績により、2008 Gordon Pask Awardの受賞者となった。

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タグ : アジャイル開発



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